螺旋の果てに(No Border第4回目投稿分)
第一章 南海の孤島の研究所
その研究所は南海の孤島にあった。
どうしてこんな場所に研究所があるのかは定かではない。企業秘密を守るためには孤島を選んだのかも知れないし、気候が温暖なのが実験に良い影響を与えるからかも知れないし、過酷な状況下の実験なので研究者を脱出させないための檻かもしれない。
ともあれ私は南海の孤島に存在する研究所に立っていた。どうやってこの研究所に来たのか?は覚えていない。なぜ、ここが南海と分かるのか、も定かではない。しかし、ここに来た目的は覚えている、それは「記憶をなくす薬」を手に入れるためだ。
記憶というのは無くそううと思っても無くならない。むしろ忘れたいという思い出だけが残るということもよくあること。もちろん、記憶は時間が忘れさせてくれることも有るのだけれども、その忘れる時間の間だけ、人は記憶の呪縛からは逃れられない。辛い思い出を味わうくらいなら、そんな記憶は早く忘れてしまったほうが良いと考えるのが人情というもの。そこで、記憶をなくす薬が開発された。そして、どうやらこの研究室にその薬が有ることは分かっている。私は研究室の周りを何周か回った末に、建物に入ることに決めた。
建物への扉はあっさりと見つかった。扉には鍵がかかっていなかった。そして何のセキュリティもなく建物の中に入ることができた。この警戒の無さは、まるで記憶をなくす薬など無いかのごときだった。もちろん、目指す薬がどこにあるのか、皆目見当がつかない。ただ、何故か分からないがこの建物の中に薬が有るという思いは、建物の奥に進むたびに深まってきた。
歩けど歩けど人の気配は無い。
足の向くまま建物の奥に向かうと、薬がここにあるという思いは確信に変わっていった。いや、確信というより、「私はここに薬が有るのを知っていた」。あまりの確信の深さに周りの注意を怠った私は、自分の背後から人が迫ってくる事に気がつかなかった。そして私は気がつかないうちに眠りに落ちた。
第二章 何を押せば正解なのか、それが問題だ
気がついたら、窓の無い部屋に閉じ込められていた。出入口は一つのみ。当然の如く鍵がかかっていた。
ここで研究所に入ってからの記憶をすべて失っていたら一つの物語になるんだろうけれども、あいにく記憶は残っている。いや、正確に言うなら直近の一つの記憶だけない。なぜ、この部屋に閉じ込められたか?という記憶のみが欠落していた。部屋を見回すと、窓はないけれども謎のボタンだけが鎮座していた。まるで押してくれと言わんばかりに。
私はこの部屋に閉じこめられた事に失望感を感じてはいなかった。なぜなら、この部屋こそが記憶をなくす薬への唯一の道だ、という事を知っていからだ。なぜか身体がそのことを知っているというかは分からないが、もはやこのボタンこそが薬への道だということに疑いの余地はなかった。
ただ、あまりのボタンの多さに思わず途方にくれた。何を押しても正解にならない気がする。押す順番も有るだろうし、そもそも何個のボタンを押せば正解かもわからない。手がかりすらないこの状況は、絶望しか産まない状況とも言える。絶望に包まれつつもボタンを押し続けるのもありだが、ボタンを押し続けて正解にたどり着くという確信がない。だいたい、ボタンを押したら即終了という自体も十二分にありえる。
身体感覚に身を任せつつボタンの押す順番を考える私。
記憶をなくす薬を手に入れるために、自分が知っているかどうかわからない記憶を思い出さなくてはならないとは何たる皮肉、と思いつつ、なぜだか分からないがこのボタンは押しては駄目だという事を思い立つ。ボタンを押すとタイマーがセットされ、10分間ボタンを押せなくなる時間が生まれるという事実に。
そして、このボタンが持つ皮肉な仕掛けも思い出す。なにもボタンを押さなければ、一時間後にボタンの下の台座から薬が出てくるという仕掛け。同時に部屋の鍵も開くという至れり尽くせりの設定も。
その記憶にすがるもよし、この記憶こそがまやかしだと思ってボタンを押すもよし。ただ、「一時間待って何も起こらなければボタンを押せば良い」という事実に、ふと気がついた。これならボタンを押して時間を無為に過ごすよりも、建設的な時間が過ごせるというものだ。
私はとりあえず待つ事に決めた。永遠とも思える一時間を。
第三章 記憶の螺旋
一時間という時間は長いようで短く、短いようで長い。
その時間を流れるように過ごしても良かったが、私は「なぜ、私がこの薬を探していたのか?」という目的について考え始めた。冷静に考えると、「なぜ、私がこの研究室がある島にいるのか?」という記憶が無いことに気がつく。というか、私は誰なのか?そして、この薬を探す目的は何なのか?誰かに頼まれたのか?何一つ思い出せない。
・・・謎は深まるばかり。考えても考えても、私がここにいる理由すら思い出せない。
考える事、思い出さねばいけないことは山ほどあったが、何一つ考えつかず、思い出せず一時間が経過した。
そして、ついに一時間が経過した。記憶のとおり、「薬」が台座から飛び出した。
「記憶をなくす薬」が出てきた。そして、ある言葉が私の心に生じた。「これはバージョン21か。」
そして同時に私が誰であり、何をしていたのか?という記憶がよみがえってきた。
私は記憶をなくす薬の臨床実験をしているモルモットだったのだ。高額の試験費用に釣られたアルバイトと言ってもいい。やることは簡単だ。研究室の外で薬を飲み、記憶が無くなったところでスタート。そこで記憶が完全に無くなっていれば成功。仮に薬を追い求めてしまったら研究者に眠らされ、ボタンの有る部屋に閉じ込められ、「ボタンを押さなければ脱出出来る」という記憶が消去出来れば半分成功、消去できなければやり直し、という極めて単純な試験だ。
どうやら、また実験は失敗のようだ。
そして台座に入っていた次のバージョンの薬を手に、部屋を出ることにする。
あとどれだけこの試験を繰り返せば、この島から抜けられるのか?そもそもこの薬を飲まないとどうなるのか?そもそも、記憶を消す薬の話は本当なのか?というか私は誰なのか?と、謎は深まるばかり。私のつたない記憶を手繰り寄せるに、脱出しようにも島には研究所以外は何もなく、食事をして寝て、また薬を飲む以外の選択肢は残っていないことを悟る。
どうやら空腹感なく、睡眠欲も無いので、また研究所の入り口に戻る。
私は心の底から「記憶よ消えろ」と思いつつ、バージョン21と思われる薬を飲んだ。
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この記事は、ブログ企画「NoBorder」に投稿したものに加筆・修正したものです。
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感想
『三つの写真を文章と一緒に表示しながら「何か」を書いてください。』というお題で相当頭を悩ましましたが、SF仕立てにしようと思って文章を書いてみました。自分で書いていて予想以上に面白かったので、ショートショート的な文章を今後書いてみたいな、と思った。
ともあれ文章を書くことで、自分が思っても見ない地平が開けて面白いなーと感じた。NoBorderは本当に面白いわ。参加して良かったな、と。
あと、ブクマで「星新一の小説を読んだような感覚で楽しかった。」と書かれていて、ちょっと嬉しかった。まったく意識してなかったんだけど、知らない間に星新一似の文体がオイラの身体の中からにじみ出てきたんだな、と。中学生の頃に夢中になって星新一を読んでのを思い出しました。*1