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ワクワク人生のススメ!

自分がワクワクすることを沢山書く事で、人生を楽しくしたいな、と思ってます。

文章を書かないと自家中毒になってしまう話

徒然雑記

自分が読みたいと思っていた文章を、ふとネット上で見つけてしまうことって良くある。

今回出会ったのは以下のブログのエントリ。

書くこと、伝えることの効用 - 24時間残念営業


超乱暴に要約する*1と「文章のアウトプットしないと、日常生活で混乱をきたす」という事なんだと思うけど、オイラも丁度同じ事を状態になっていたので、ちょっとそのことを文章に書いてみる。

今のオイラは仕事が煮詰まりすぎて文章を書く習慣(たとえばTwitterやらブログ)が止まっていた。その結果として脳みその中に言葉があふれて止められなくなっていた。加えて「自分の思考が自分のコントロールに無い」という妙な感覚を得ていた。当初は仕事が忙しいから脳みそが混乱しているのが原因かな?と思っていたんだけど、ここ数日積極的にアウトプットをしたところ、脳みその衝動が抑えられるようになってきた*2ので、「ああ、アウトプットすることで、脳みそのコントロールを取り戻したんだ」という事実に気がついた。

もちろん、遠い昔は文章を書く習慣がなかったので、思考がコントロール不能になることもなかった。ただ、文章を定期的に書いてアップする習慣があった人が、文章を公開するという習慣をやめてしまうと、出力されなかった文章が脳内で奔流になって、正常な思考を押し流してしまう事態にまきこまれてしまう。ちょうど嵐の中の小舟の様に、正常な思考が出来ない結果を生じてしまうというか。

ただ、どんな文章でも良いからアウトプットをすることによって、思考の濁流を止める事ができるのだと思う。脳みそが軽くなるにつれ、脳みその衝動を少しずつ抑えることができる。衝動が抑えられるからアウトプットが出来、さらにアウトプットをするから脳みそが余計に軽くなるという好循環になっている気がする。

ともあれ、文章を書かなかったが故に自分の中で自分の思考が毒化してしまい自家中毒になっていた。その状況からは少し脱却できた気がする。

と、ここまで書いていて、オイラは文章を人に読んでもらいたいと言うよりは、自分のために書いていたんだなーという事に気がついた。もちろん文章を公開している以上は「読んでもらいたい」という気持ちで書いているし、読まれたり感想を言われると超嬉しかったりはするんだけど、ただ、どちらかというと「自分が文章を書きたいから書いてる」という気持ちの方が多いな、と。あと「推敲しているのが面白い」「あとで、読み直すと楽しい」というのもある。*3


あと、ちょっと話はズレるけど、現状で公開を前提としていながらも、公開してない文章もたくさんある。なんというかブログ用に書いた文章ってその瞬間に公開しないと文章自体が腐ってくる気がする。腐ったままで文章を放置すると精神衛生上気持ちが悪いので、なんとかストックから文章を出そうとするんだけど、腐った文章をそのままアップするわけにも行かない。なので、文章の手直しをしようと思うんだけど、時間が経てば経つほど文章の腐敗が進んでおり、手の施しようもない状態になっていることも多く、もはや公開せずに死蔵してしまったほうが楽な場合が多い。まぁ、腐って良い方向に発酵してくれれば良いんだけど、腐敗になることの方が圧倒的に多い印象。

ともあれ、腐った文章はもったいないと思わずに積極的に捨てつつ、リサイクルできそうな文章は前向きにリサイクルしつつ、脳内を少しでも軽くしていきたいな、と思う。これ以上、自家中毒にならないためにも。

ということで、この文章も腐る前にはき出してみました。

*1:上記文章の中で、自分の心に一番響いた事、と言い換えても良いかも知れない。

*2:まぁ、完全に抑えるのは元々無理だとは思うんだけど。

*3:これも自己満足の世界だよね。